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CMB☆映画撮影



久々の撮影ネタで~す

以前(ここ→クリック)キャンディーの山奥でアメリカCM撮影の端くれに登場し
今回もまたまた端くれの巻き~

今回は映画撮影
何故かドイツの国からサッカーにまつわる話の映画
突然の連絡があり一人で行ってこようかと思ったのだが
おっとくんに相談すると仕事は何とかなりそうとの事で
コロンボについてきてくれる事になった

二人で行くと決まればデート気分を楽しめる
おっとくんと行くととっても楽ちんなので(身体的にも精神的にも!)
思わず嬉しさが込み上げる

撮影後はコロンボでのんびりとウインドウショッピングを楽しみ
ちょっとしたレストランで食事をして
夜のドライブ道を楽しめる

勿論贅沢できるわけもないが お金を使わずとも
ちょっとした小さな幸せを感じれるのが一番こころが落ち着く

撮影自体は以前の田んぼの中でのCM撮影とは違って
撮影時間までかなり待ったが一旦私の撮影が始まればあっという間に
数十パターンの撮影を終わらせすぐに解散となった

何を待ったかって・・・
コロンボの街中なのでとにかく車を止めるのに時間が掛かった模様
ただでさえスリランカ(特にコロンボなどの主要都市)の運転マナーは悪いのに
車をしばらく止めようだなんて・・・
無謀に近い!!

やっぱり思うようにいかず監督は諦めたよう・・・
本当は止められればきっといい絵が撮れたはず・・・
私もかなりの長時間木陰で出番待ちしていたので
ようやく・・・という感じだった

これもまた普段の生活では体験できないいい経験になったし
久々におっとくんとのんびりデート気分を味わえたのもまた然り

帰りは私の大好きな場所に寄り道しながら・・・
おいしい食事を摂り 家路へ・・・
このコロンボ→自宅の夜の道のり
が実は大好き

夜のドライブが大好き
心地よい涼しい風を体に受けてゆっくり家路へ・・・
おっとくんと色んなお話をしながらちょこちょこ水分休憩を取りながら・・・

家に帰ると大抵アンマが鍵を開けてくれて 家族みんなが無事の帰りを待っていてくれる
なんだか当たり前のようでいて 家族の無事を顔を見て確認する
スリランカの風習がとっても温かく感じてならない・・・

大抵コロンボなど中長距離の外出前には必ず両親の足元にぬかずき
両親から交通安全の祈願を受ける
その外出の無事の帰りを待つ両親
車のエンジンの音で帰ってきたのが分かるがとりあえずセキュリティー上
必ずインターホンと声で家族かどうかを確認する

必ず小さなものでも手土産を買うようにしているが
それを渡し今日一日のお話をおっとくんと両親(特にアンマ)と共に・・・

そんな一日の中でどれほど人と人と顔を合わせて心を通わせるコミュニケーションが
温かいものかとしみじみスリランカの風習に豊かさを感じる・・・


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すみません・・・
こんな画像・・・

実は出掛ける前にレストルームで歯磨きしているところをパチリ
やられましたっ(笑)

日本では殆ど浴衣は着る事がなかったのですが
ここスリランカへ来てから浴衣を着る機会がとっても増えた
結婚式が多くて・・・

結婚式で着るものは
サリー or 浴衣
サリーはもっぱらインディアンスタイル
スリランカの着方としてキャンディアンスタイルがあるが
わたしはどうしてもインディアンスタイルが好み

浴衣は適当だがスリランカでよく来ているのですっかり一人で着れるようになった
紐をぎゅっとしめるのはおっとくんに手伝ってもらって

とにかく浴衣を着ているとスリランカ人にすこぶる好評
そんな大袈裟なっというくらい褒めちぎってくれる(笑)
ついつい調子に乗って時々こうして浴衣を着て結婚式に行くのである

伝統的衣装ってその国らしさを感じる事ができるので
時々こうして袖をとおすのは大切だな~と思うのであった・・・


window frame作りのアイヤー
Photo↑;Hey~!アイヤー!大変仕事がキレイ☆
我が家で育った高木たちを使って・・
Photo↑;我が家敷地内で数十年育ててきた高木を伐採
jack wood tree
Photo↑;あの丸太がこうしてカッティングされ違った顔で我が家に戻ってきた





写真↑このアイヤーが私たちが求めていた仕事ぶりをするアイヤー(=兄、年上の男性の意)
幾人も自分たちで見て回って探した窓枠づくりの名人☆→と言っても過言ではない!

仕事がキレイでそして迅速・丁寧
それでいてリーズナブルな交渉が成立した
いつもありがとう! アイヤー

ここクリック←木を伐採した当時を見ると少しは家づくりも進んだかなあ~と思える
こうしてひとつひとつの出来事に沢山のイベントがあって苦労や涙、嬉しさ、達成感・・・があって
全てが忘れられない思い出となっていく

アイヤーの大切な商売道具である機械類を持参してもらい写真上の様に窓枠を作る
写真は丁度1階のリビングルームでアイヤーがその窓枠を作成している
↑はリビングルームの折りたたみ窓に取り付ける窓枠を作成中のところ・・・
なので普通サイズよりはるかに大きい

たしかにきれいな仕事をするのでおっとくんは勿論ターッタ(=父)もえらく満足している
この窓枠づくり職人を知ったのは実はターッタの人脈で☆
私たちではまだまだ若くそこまでの人脈もなくこんな時さすがターッタ!!と実感させられる

スリランカでは確実に横のつながりが人生を左右する!と言っても過言ではないほど☆
こうして家づくりで出会った沢山の方々との出会いを大切にしたいな~とつくづく思います

遊具に大喜び☆     Photo↑;お父さん方が作ったうんてい



お父さん手作り遊具第2弾


村の外れにあるいつもの小さな小さな保育園
この保育園にはトイレがなかった
いつも近所のお宅で用を足していた

保育園の空き地はあるし・・・
先生が若くして管理もきちんとされ とても子供を愛し接している

何かの支援を行おうと決める時必ず条件のひとつにしていること
それは・・・
管理者の気持ち・想い・・・そして管理能力

援助してもその時だけ!では意味がない
いかにその援助を上手に使ってくれるか
そしてその援助をきっかけに自分たちがより良い生活を考える
これはもう支援する側にとってはなによりの醍醐味である

支援ドナーの気持ち・想いを最大限に伝える事も重要なポイント
援助を提供する側 援助を受ける側→双方あって初めて「援助」が成り立つ
そしてこの「援助」は決して一方通行ではない

援助を受けた側から逆向きにその感謝の想いは援助を提供してくれた側に帰っていく
これが本当の≪援助≫だと思いながら活動している


思わず固い話になってしまったが・・・

この保育園にトイレを建設した

その後訪れた時
がらんどうの保育園の空き地になっんと
うんてい が作られていました

父兄手作り第2弾

そうです
お父さん方が自ら作ってくれたうんていでした
お母さん方も全員集まってくれていつもよりにぎやかに

子供たちは本当に嬉しそう

うんていにぶら下がり始めた子供たちを見ていて
なんとも言えない気持ちが込みあげる
純粋で素直な気持ちを頂いた
本当の豊かさってこういうことなんだな~と

こういう気持が援助を提供した側に帰っていく
提供した側も受けた側も Happyな気持ちに

その中間に立っている自分がその気持ちを運ぶ大切な役割なんだと
しみじみ思う・・・




遊具
Photo↑;↑写真と比べるとかなりしなっている~★ 子供たち猿のようにぶら下がっているぞ~(笑)
キリノッチ知人宅      Photo↑;キリノッチ知人宅


↑終戦前にキリノッチへ訪れた時の写真
キリノッチで看護師として働いていた彼女のお宅へお邪魔した時のもの

夫婦で何年もかけて手作りした大切な大切な家

キリノッチの殆どの区域では電気は通っていない
彼女の家も同様・・・
太陽が沈むと辺りは真っ暗闇
これこそが「暗闇」と呼ぶのであろう

彼女の家には数年前から小さな発電機(モーターで)があり
万が一の場合は電気を作る事ができる
しかしモーターを発動させるガソリンが南部地域の数倍の値段で売られていたため
簡単には買えない

太陽が沈むとオイルランプに火を灯しこれが唯一の明かりとなる

キリノッチの事務所に寝泊りしていた私も勿論同じ生活環境
日が沈んでから物事を準備しても遅いっ
沈むちょっと前から暗闇になる準備をしなきゃいけない

日が沈んでからはオイルランプを持って事務所内を移動
オイルランプのもと 資料を作ったり手紙を書いたり・・・
とってもシンプルな生活

それにしてもキリノッチの町中は全て土道
しかも考えられない数の凸凹道
交通手段はとにもかくにも自転車

キリノッチに滞在している間はごくごくシンプルな生活だった
TVは勿論なくラジオがあるのみ
事務所には念のため発電モーターがあったが
作動させるとかなりのご近所迷惑状態となってしまう
すこぶるうるさいっ
なんといっても近所の誰もが発電モーターがあるわけではないので
静寂に包まれる中 発電モーターも作動させるとその音が地響きのようにも聞こえるほど

その為いつでも電話も使えるわけではなく緊急事態のために衛生電話を常備していた

日中はとにかく町を自転車で走るっ走るっ
皆外に出ているためあちこちから声が掛かりお茶したりおしゃべりしたり・・・
街の商店街に行きパンジャビを値切ったり・・・(笑)
仕事以外の時間はこうして過ごした

私が今持っているパンジャビは全てこのキリノッチもしくは東部のトリンコマリーで購入したもの
”パンジャビ イルカ?” =”パンジャビありますか?”
とこんな感じで

とにかく太陽が沈むまでに事務所へ戻らなければっ
全くの暗闇になるとどこが道だか池だか川だかなんなんだかさっぱり分からなくなる
やばいっ

一度暗闇になってしまいいちかばちか死に物狂いで自転車を漕いで走った
凸凹道の真上とは知らず減速せずに走るとどうなるか・・・
ご想像のとおり
サドルが異常に固い上に殿部が・・・
もの凄い衝撃がお尻にガンガンかかる

運悪くもの凄い大きな凹にはまってしまい自転車ごと一回転して投げ出された
暗闇で一体自分がどうなったんだか理解できなかった
キリノッチへ行く度にあちこちに自転車で転んだ青タンを作ってコロンボへ帰っていた(笑)

・・・・キリノッチの話はきりがないくらい沢山の楽しかった思い出ばかり




↓写真は彼女のお宅の雨水貯水からこうして水を確保しているところ

キリノッチ☆家庭雨水



↓彼女宅のキッチンの全貌
キリノッチの台所     Photo↑;キッチン風景☆おいしいカレーを作ってくれました~
parking石壁
Photo↑;Parkingづくりでっす☆



今回はParkingづくり編
色んな形の石をこうして組み合わせて石壁としていく

基礎の段階でも思ったのだがこの石壁・・・かなり好きなんですう~
石壁を遠くから眺めてはおっとくんに ”このまま残そうよ!これが壁だなんて素敵❤!”と言っていたのだが積み重ねただけでは勿論強度は全くなし!

好みと安全とは当然別モノでして・・・
あえなく写真↑左側に見えるようにセメントで強化され石壁は見えなくなってしまったのです・・・(悲)

我が家にParkingなんて不必要!だとは十分承知しております(笑)
だって有り余るほどの空き地?だらけなんですもの→その位田舎だってこと
どこに停めようと何十台も停められるぞよ☆

でも・・・でも・・・あえて作ってみました
まだ買ってもいない愛車を夢見て・・・





Photo↓;この石壁の厚さ・・・結構太いです☆
parking壁作り





明日は64年目を迎える日本の終戦記念日
戦争で命を失った沢山の人々にここスリランカから今年も家族と祈りを捧げます・・・

もう二度と戦争が起りませんよう・・・
保育園ランチ

いつも講習に出掛ける時はランチタイムにぶつからない時間帯に設定する
午前中に2~3校回れるようにしているので
どうしても子供たちのランチタイムにはいれなかった・・・

時々園児のお誕生日に講習が重なると一緒にお誕生日を祝う事もあり
母親が全員に作って振舞ってくれる食事を一緒に頂くことはあった

一度たまたま早めのランチタイムとなり実際の子供たちのお弁当を見るきっかけがあり覗かせていただいた

講習をするだけではなく実際の彼らの生活を知るいいきっかけ
子供たちの食べっぷりも然り
家庭環境もお弁当から垣間見えたりもする

多くは↑↓写真の様なひとつのお弁当箱にご飯がひいてあり
その上に野菜カレーや豆カレー(パリップ)やゴトゥコラサンボルと呼ばれる緑野菜などが殆ど
わたしもいつも食べているカレーと同じ

ちゃんとお母さんが朝作ってくれたお弁当を持って保育園へやってくる
ランチタイム前に私たちが行っている衛生教育のひとつである「手洗い」を
してくれているかどうか・・・
そしてランチ後に「歯磨き」をしてくれているかどうか・・・

これも観察できるいい時間でもあるのだ


山奥の小さな保育園での出来事・・・
いつものランチタイム
わたしが気になっていた栄養失調の子供
いつもお弁当箱の中身は「豆」のみ!
お弁当を手にすると軽くてコロコロと音がする
園児が開けるといつも豆が10粒ほど入っている

毎日その豆だけをたべているのだ

先生にお聞きするとやはりかなりの低所得家庭であり
保育園の費用も未払いのまま
先生は言う
“保育園の費用はいいんです。でももう少しこの子に食べさせてあげたいんです!”と

スリランカの村の一般住民は所得が大変低く また就職を得る事も大変難しく
父親が毎日アラック(スリランカで作られるココナッツ原料のアルコール飲料)を飲み
子供たちが食べる食糧にありつけない・・・という話も時々耳にしていた

なんとかしたい
と県保健長官や母子健康保健Drらと話し合い≪栄養指導≫をする事が
決まり実現した

しかし結局はスリランカ国内の経済状況が良くならなければ大変難しい問題もあり
栄養指導だけで改善される問題ではないと思った

でも僅かな望みをかけて行う栄養指導

子供たちの沢山の笑顔をもっと増やしたい



保育園ランチ
菩提樹
Photo;↑高台に建立するお寺の菩提樹




スリランカには仏教・ヒンドゥー教・イスラム教・キリスト教が存在する
多種民族・宗教国とも言える

スリランカではどんな田舎であろうとお寺は勿論道端には仏像があちこちに見受けられる
お寺の一角に大きな菩提樹
また道端の仏像と隣り合わせで菩提樹が植えられていたり・・・

我が家からほど近い道路を走っていると
道が交差する地点などに仏像と菩提樹があり
いつも手をあわせている


紀元前3世紀
インドのアショーカ王が仏教を保護したことがその後の仏教の隆盛をもたらしたと言われている
このアショーカ王の息子マヒンダ(ちなみに現スリランカ大統領の名もマヒンダですね・・・)によって
初めてスリランカに仏教が伝わった
そのときの王女サンガミッタが持ってきた木がこの≪菩提樹≫である
菩提樹はブッダが悟りを開いた木

その分け木がアヌラーダプラのスリー・マハー菩提樹

アヌラーダプラは今から2500年以上前のスリランカ最古の都
今もなおキャンディーの仏歯寺と共に
アヌラーダプラのロハ・プラサーダ、ワンウエリ・サーヤ大塔
が仏教徒の最大のお寺である

このアヌラーダプラのスリー・マハー菩提樹
今では野生動物から守るため菩提樹の周りは石積みされ
場所によっては鉄柵に囲まれ守られている

アヌラーダプラの遺跡群を訪ねる旅もまた奥ゆかしい

↑の写真はおっとくんとバイクでキャンディー方面へ出かけた帰り道
ふと立ち寄ったお寺の一角にあった菩提樹
わたしはスリランカに初めて来た時から なぜかこの菩提樹を見るとほっとした気持ちになった
大きな大きな菩提樹の葉の傘に身を置いていると
幻想的にこころが洗われてゆく

この菩提樹はまだ小さめだったが葉っぱのうなだれに癒された時の写真

この葉っぱを見ながら思った
”菩提樹の花言葉はなんだろう??”



花言葉・・・≪夫婦愛
白くて可憐な花・ハート型をした葉っぱ
誕生花は8月23日


花言葉の「夫婦愛」はギリシャ神話からきているよう
旅人に姿を変えたゼウスとヘルメスをもてなした貧しい老夫婦
褒美はなにがいいかとゼウスが尋ねると
今まで仲良く暮らしてきた夫婦であるから
死によって離れ離れにならないようにと願いました
何年も経って老夫婦が仲良く腰をおろして話をしていると
お互いの身体から木の芽が吹き出して
主人は樫の木に 妻は菩提樹に姿を変えたということです






もうすぐ8/23
お誕生日ではありませんがこんな素敵なSTORYを持つ菩提樹の下で
おっとくんと過ごしたいな・・・と思っています


新居外観壁
Photo↑;2階レンガ
courtyard外観
Photo↑;よくぞここまでひとつひとつのレンガを積み重ねたなーと実感☆
新居から見る青い空
Photo↑;垣間見える青い空



こうして全てのground floorとfirst floorの設計図どおりの基礎が完成
実は設計図どおりとはいかず・・・
わたしの意見を通してもらい数か所変更した

いずれも増やした形になるので予定より更にお金も時間もかかってしまった・・・

家の中に入るとそれぞれの部屋の区切りがあり今まで全くイメージできなかったが少し身近に感じられるようになった
大きさや光の入り具合や家具などの想像が膨らむ

使ったレンガTotal=60000個強

これだけのレンガをトラックで運搬しひとつひとつ積み重ねたんだな・・・・と思い出深い

設計図を変更したのはトイレをひとつ増やしてもらったこと→これは結構悩んだのだが設計図で考えると実際問題来客の方が使うトイレというのが家の奥までご案内する形になってしまう事になるので!そのため1階のリビングルームからほど近い場所にトイレを追加してもらった

あとは洗濯場
どうしても洗濯機を置く場所とできれば屋内でも干せる場所が欲しかった
今の実家でも沢山のシーツ類や洋服を洗濯すると(特にジーンズ)外には干す場所は沢山あるのに
乾かずまだ屋内で干したい時にいつも困ってしまう・・・

え~い!どうせなら作ってしまえ!とランドリールーム増築を決意
ひとつだだっぴろい部屋を作ったため では2階にもひとつ・・・(結局は増やした部分の屋根を作らねばならなくなるので、どうせならそのまままっすぐ上にも!と)

後からになるとせっかくの壁をこわしたり尚更手間がかかると思ったので今からなら!
と決意に至ったわけである
何も壊すことなく設計図に加えられた

もうひとつはキッチンをOpenにしてもらったこと!
今まで実家のキッチンは勿論のこと沢山のスリランカ宅へお邪魔して思った事があった!
パントリーは艶やかで素敵なのだが実際に調理するキッチンは奥まった場所に完全に隔離されたような作りになっている事が殆ど!

文化や風習もあり仕方ないのかもしれないがいつも女性だけが奥まった場所でせっせと料理し運び片付ける・・・ ゲストがくれば一目瞭然!
女性のみが食べもせずひたすらサーブし続ける
ゲストにとればとっても素晴らしいおもてなしなのかもしれないがわたしは自分がゲストとしておもてなしを受けた時に毎回”ありがとう!でも皆で一緒にお話しながら食べたいな!”とアンマや娘に対していっつも思うのです

我が家のアンマも同じく
ターッタやマッリ(時には子供たちは後から)は堂々とゲストと一緒に楽しそうに食べているのにアンマは準備が終わってるのに後ろでみているだけ!
おっとくんに限ってはわたしを置いて自分が先に食べる事は絶対にしない人なので状況的にわたしが食べれない時は必ず待っていてくれる

日本でも本家の嫁ってそういう風習がまだ残っていたりもするが自分たちの家の中ではもっとザックバランで!とずーーーっと前から思っていた
なんてめっそうもないと思われたとしても我が家の風習を自分たちで作りたいと心の隅で思うわけです

なので新居のキッチンはパントリーは勿論ダイニングルームまでopen状態
いわゆるOpenキッチンにした
でも完全にopneではなく半openのような・・・(→完全なOpenにする勇気はなく(情けない・・)中途半端な半分オープンとした

1階のオフィスルームとゲストルーム,ランドリールーム以外はリビング~ダイニング~パントリー~キッチンと区切りを持たない我が家



Photo↓;外観レンガをこうしてセメントで強化させる☆
外観(レンガ)
KL☆小学校講義 
Photo↑;今回の内戦終結前に訪れたキリノッチ・・・・・・




スリランカ北部に位置する「キリノッチ」という町
スリランカ国内で26年間もの間繰り広げられた悲惨な内戦・・・
その内戦激戦地区→「キリノッチ」である

このキリノッチにはタミル人しか暮らしていなかった
スリランカの北東部に多くのタミル人が人口を占めており
↓地図上 赤く点滅しているのが海のきれいなトリンコマリー =漁港町である
    
このトリンコマリーはシンハラ・タミル・ムスリムが約1/3ずつの
人口割合を占める為町の中あちこちにチェックポイントが設置され
政府側とLTTE側のチェックを受けなければ通れない道が沢山あった


sri lanka road map

↑この地図で道路路線が引かれていない北部地域にキリノッチがある

内戦の間、南部から北上しキリノッチへ入るにはバブニアという県の北にある
「オーマンタイ」と呼ばれるチェックポイントを通過しなければキリノッチの町へは入れなかった
いわばキリノッチに暮らすタミル人が南部地域(シンハラ人の人口割合が高い)へ
降りる時、そして南部に暮らすあらゆる人がキリノッチへ行く時・・・
このオーマンタイにある政府とLTTEどちらものチェックポイントで許可を得なければ通れなかった

外国人であるわたしはパスポートの提示を必ず求められ車輌で行く時は
車全ての詳細に渡ってチェックする
カバンの中全てひとつひとつ手に取り調べられる

必用に時間がかかったこのチェックポイント
大変物々しい雰囲気に包まれていた

キリノッチへ入れば穏やかなタミル人の暮らしぶりが見えた
車で走るとあちこちに銃撃戦の激しさを物語る跡が道路沿いに見える

キリノッチの幾つかの小学校へ講習に回った
とっても元気がいい
いつものタミル語講座ノートはしっかり持って・・・

5月にスリランカの内戦は終結を迎えた
キリノッチはその内戦終結の最後の激戦地区
子供たちは無事だろうか???
お茶や食事をご馳走してくれたアンマたちは生きてるのだろうか???

一人の人間として当たり前に思う彼女たちの安否・・・
どうぞ無事でいて下さい・・・
3民族関係なく弱い一般市民が犠牲となる戦争・・・
もう二度とこの様な争いが起りませんように・・・
スリランカがひとつの国として同じ国民として平和に暮らしていけますよう・・・

わたしの心の中の涙は止まりません・・・

昔むかし・・・とっても豊かだったというキリノッチ・・・
そしてキリノッチの今は・・・これからは・・・

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